金曜日は職場の宴会であった。
ビールで通し、適当に料理をつまむ。 同じく適当に同僚たちと会話し、上司の愚痴っぽい話には適当に相槌を打った。 一本締めが終わると、そそくさとわたしは店を出る。 誰も、それを見咎める者もいない。 そんなわたしの姿は、宴会のたびに繰り返される光景だからだ。 ◇ 就職したてのころ、職場の宴会ともなると、2次会以降は決まって隣の係の上司に連れられ呑みに出ていた。 宴会場を出た後、上司行きつけのスナック、というのがお決まりのパターンだった。 若かったわたしは、それに従うほかなかったし、奢ってもらう身だったから、犬のように従順だった。 そもそも、それ以外の酒の呑み方など思いつかなかったし。 そんなことを何度か繰り返し、冬になっていた。 忘年会のあと、お決まりのパターンでその上司といつものスナックにいた。 スナックには見かけない若い女性店員がいた。 新しく勤め始めたという女性だった。 大学生、ということだった。 上司は、隣に座ったその女性店員に対し、ひどく横柄な態度をとった。 これまでも、誰か女性店員にそれらしい態度をとったことがなかったわけではなかったが、そのときほど目に余ることはなかった。 まず、彼女を「おまえ」呼ばわりし、罵倒に近い言葉を浴びせかけていた。 当の本人は、「冗談のひとつ」と言った表情で。 ―― おい、お前。勉強しないでこんなとこで遊んでんのか ―― 親不孝な娘だなあ、お前は ―― ばーか、水割りもちゃんと作れないのかよ ―― ママ、ちゃんと教育しなきゃダメだよ。お前、大学でも勉強できないんだろうな などなどと、いくら酒の席であって、相手が店の人間とは言え、聞くに堪えない言葉を発し続けた。 ママも、他の女性店員も、常連の彼には苦笑するほかなく、言われっぱなしの若い女性店員は、俯きながら口元に笑みを浮かべてはいるように見えたが、顔面は青ざめ始めていた。 それからわたしはその上司に付き従って呑み歩くのを止めた。 普段は鷹揚としていて誰とでも笑い合って上手くやっている彼なのに、そしてわたしもわたしなりに信頼を寄せ頼りにしていた彼なのに、酒が入り、相手が水商売の女性だからと言って(正確に言えば水商売にまだ馴染んでいない女性でもある)、そこまでひどい言葉で苛めることは許されないとわたしなりに感じたからだ。 それ以来わたしは、職場の宴会のあとに誰かと呑みに行くという選択肢を選ぶことはほとんどなくなった(よほど気心知れた同僚とであれば、ごくたまに呑みに行くが)。 職場の宴会のあとは、「もう帰る」と嘘をつき、その後ひとりで酒場に身を沈めるということを選ぶことにした。 職場の人間と長い時間呑んでも、仕事の話になったり誰かの悪口になったり、そして酒によって相手によって態度を豹変するところを目の当たりにすることになったりと、心愉快な呑み会になるとは限らないと知ったから。 兎にも角にも、わたしは店員に対して偉ぶったり横柄だったり命令口調だったりする人間とは、絶対酒席を共にしたくない。 つまり、今ここで言いたかったのは、ただのこのことだけであったのだけれども。
by sora_sake
| 2006-11-19 16:03
| 酒の追憶
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